タイトル:主体の成長という観点から心身医学を問い直す

演者名:藤井康子1)、富士見ユキオ2)
1)     国立国際医療研究センター国府台病院心療内科 2)     富士見ユキオ心理面接室

心身医学において、「病」をもった人が、どのような「主体」であるのかということは、治療上避けて通れない問題であると演者らは考えている。主体の状態を表す理論の中で、演者らはまず、O. Kernbergの人格構造論(病態水準の理論)に着目した。なぜなら、精神医学の分野では、病態水準により奏効する治療法が正反対とされてきたからである。S. Freudとその弟子のP. Federnの実践によれば、神経症水準には抑圧の解除が有効であり、精神病水準にはその逆の、抑圧・再抑圧が有効であったとされている。抑圧の解除がアンカバリングならば、抑圧・再抑圧はカバリングと言える。重要なのは、精神病水準の患者にアンカバリングを行うと逆効果と考えられている点である。 これを心身症患者の特徴である「ストレスへの気付きの乏しさ」に当てはめるならば、本人のストレスへの気付きをうながす介入が逆効果となる場合があるということになる。他方、一般的に身体的緊張を緩和することは、心身医学的治療にとって良いことと考えられていると思うが、A. Mindellは、身体的緊張がスプリッティングと同様の守りとして働いている症例を報告している。このことを踏まえると、身体的緊張を緩めることが有効な場合もあれば、逆効果の場合もあると考えざるを得ない。このように、同じ介入がある患者には有効で、別の患者には無効であるばかりか逆効果であるということが、心身医学の分野でのエビデンス構築の難しさの核にあるのではないかと演者らは考えている。しかし一見したところ矛盾しているこれらの現象は、患者の主体のあり方についての観点を導入することにより、整合性をもって説明しうるのではないだろうか。「主体の成長モデル」は、病態水準の理論を心身医学分野に適用しやすくするため、人格構造論、心身医学的療法の5段階、M. Mahlerの発達モデルを、演者らがプロセスワークのプロセス構造の理論を用いて統合的に再構成したものである。

藤井 康子(ふじい やすこ)

平成13年に東京大学医学部医学科を卒業後、医師免許を取得。九州大学医学部附属病院心療内科に入局し、研修を受ける。その後壱岐公立病院(一般内科)に勤務。

平成16年から10年間、国府台病院心療内科にて勤務。

平成22年、日本心療内科学会登録医の認定を受ける。

プロセスワーク初級セラピストの資格を取得。

平成24年に、主体の成長についての論文(共著):

身体的、精神的、社会的健康を実現する医療のための「主体の成長モデル」作成の試み~「病態水準」と「心身医学的療法の5段階」と「M. Mahlerの発達モデル」をもとに~を雑誌『心身医学』に発表。

平成26年に、治療者の主体の成長についての論文(共著):

治療者の自己分析記録にみられた三段階構造:治療関係における治療者の主体の成長度を『日本心療内科学会誌』に発表。