「ソマティック・エクスペリエンス」 藤原千枝子(プレマカウンセリングルーム)

★アプローチの概要

 ソマティック・エクスペリエンス(SE)は、米国の療法家ピーター・リヴァイン博士によって開発された、身体をベースにした画期的なトラウマ療法です。

 ロルフィング、フォーカシングなどの身体心理療法のエキスパートであるリヴァイン博士は、35年にわたってトラウマが起こるしくみとその癒しのメカニズムについての研究を行ってきました。彼はトラウマを研究するにあたって、以下の2点に注目しました。

1.     トラウマを受けた人は、そのトラウマの種類(事故、自然災害、レイプ、暴力を目撃すること、虐待、戦争など)にかかわらず、だれもが同様の症状に苦しんでいる(不安、不眠、解離、フラッシュバック、パニック発作など)。

2.     野生動物は、常に自分よりも大型の捕食動物からの攻撃にさらされているにもかかわらず、人間のようなトラウマ症状に悩まされることがない。

以 上の点から、リヴァイン博士は、トラウマというのは出来事や心理的・精神的な問題というよりはむしろ、生理的・神経的な問題であるという結論を導きまし た。生物は、危機に直面すると交感神経が最大限に働いてアドレナリンが噴出し、逃げたり戦ったりすることが可能になります。しかし、状況がそのどちらも許 さない場合、「凍りつく」ことでその場を切り抜けようとします。この凍りつき(硬直)は、生物がトラウマの瞬間の苦痛を感じずにすむためのメカニズムなの ですが、この時も外見上は静止しているように見えても、神経系の中ではエネルギーがフルに回転しているのです。

  リヴァイン博士は、この、危機に対処するために動員されたものの、凍りついて解放されないままに体内にとどまっている大量のエネルギーこそが、トラウマの 症状を作り出していると考えました。動物は、仮に硬直したとしても、危険が去った後には自然に身ぶるいをしてその凍りついたエネルギーを振り落とし、通常 の状態に戻るのでトラウマの影響を受けることはありません。しかし、人間がトラウマの後遺症に苦しむのは、高度に発達した脳が、動物のように自然なそのエ ネルギーの「振り落とし」を妨げるためなのです。「元々のトラウマに似た状況や人に引きつけられる」「頭では分かっているのに、いつも同じ問題を繰り返し てしまう」というトラウマ被害者に特有の状況は、頭では問題を理解していても、未解放のエネルギーが今も神経系の中でトラウマ状態にとどまり、フル回転し ているために起きていると考えられます。

従っ て、トラウマの癒しには、起きた出来事を繰り返し振り返り、それにまつわる感情的な痛みを体験するようなセラピーでは限界があるばかりか、時として再トラ ウマを引き起こす恐れもあるとリヴァイン博士は警告しています。その代わりに、身体のフェルトセンスを使い、身体感覚を手がかりにして未解決のトラウマに アクセスし、余剰エネルギーを少しずつ解放してやることで、症状を軽減することができるのです。

2004 年12月のインドネシア・スマトラ島沖地震の大津波の被災地タイと、2005年8月のハリケーン・カトリーナの被災地ニューオリンズには、リヴァイン博士 を始めとするSE療法家のチームが派遣され、被災者のトラウマのケアに多大な貢献をもたらしました。SEは、トラウマの二次被害を引き起こす恐れのない、 非常に安全で優しく、かつ効果的なトラウマ療法です。このワークショップでは、SEの理論を紹介するだけでなく、その臨床現場での実践についても、実際の ワークを交えながらご紹介できればと思っています。

 

〈参考文献〉

「心と身体をつなぐトラウマ・セラピー」

ピーター・リヴァイン著 藤原千枝子訳 雲母書房 2008年

 

〈講師略歴〉藤原千枝子(ふじわらちえこ)
カリフォルニア州公認サイコセラピスト(MFT)、 臨床心理士、ソマティック・エクスペリエンス認定プラクティショナー(SEP)。大阪大学人間科学部卒業。新聞記者を経て、カリフォルニア統合学研究所 (California Institute of Integral Studies)にてカウンセリング心理学修士課程修了。在米中にはSEのほか、サンフランシスコ・ハコミ研究所にて2年間のセラピスト養成コースを修了 するなど、さまざまな身体心理アプローチのトレーニングを受ける。現在は札幌市でプレマカウンセリングルームを主宰する傍ら、市内の中学高校でのスクール カウンセリング、婦人科クリニックでのカウンセリング、トラウマに苦しむ女性のためのグループセラピーなどを行っている。

『プレマカウンセリングルーム』
064-0809 札幌市中央区南9条西8丁目
Tel: 011-532-8080  Email: info@premamft.com
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